安定したジャンプや表現が細やかな演技が魅力の宮本知子(みやはらさとこ)選手。
2019年、濱田コーチに加えて、バーケルコーチもメインコーチに。
拠点をカナダのトロントに移しました!
コーチや拠点変更の理由は何でしょうか?
カナダでの生活はどうされてるんでしょう?
詳しく見ていきます!
宮原知子がコーチを変更!バーケルコーチとはどんな人?
リー・バーケルコーチはカナダのオンタリオ州にあるカークランド・レイクの出身です。
シングルとペア、両方のコーチをし、以前はペアのスケーターでした。パートナーのメラニー・ガイラーさんとともに、1986年の富士フィルム杯などで金メダルを獲得しています。
現役を引退したあと、バーケルさんはオンタリオ州のバリーにある、マリポサスケート学校でペアの監督として、コーチのキャリアをスタートさせました。
バーケルさんは、ダグラス・リーさんの元でコーチとしてのトレーニングを積みました。
ダグラス・リーさんは、ジャンプ指導に定評のあったコーチです。ブライアン・オーサーさんやエルヴィス・ストイコさん、本田武史さんといったジャンパーを育てました。
ダグラスさんはジャンプだけでなく、バランスの良いフィギュアスケーターを育てようとしている印象がありましたが、バーケルさんもそれを受け継いでいるようです。
実際、教えている選手の滑りがどんどんなめらかになってるな〜と感じることがよくあります。
マリポサで監督をしていたころ、リー・バーケルが見ていた生徒には、2008年の世界王者で2006年のトリノオリンピックの銅メダリスト、ジェフリーバトルさんや、2006年の四大陸選手権王者の織田信成さんがいます。
ジェフリー・バトルさんは、師匠のダグラス・リーさんとともにコーチした生徒だそうです!
2014年の夏、バーケルさんはトロントに移動し、トロントクリケットクラブでコーチを始めました。
この時期の生徒には、2017年の世界選手権銅メダリストのガブリエル・デールマンさんらがいます。
2019年の夏、バーケルさんはデールマンさんとともに、グラナイトクラブに移籍します。
グラナイトクラブは、振付師、ローリー・ニコルさんの拠点でもあります。
彼はまた、スティーヴン・ゴゴレフ(2018年ジュニアグランプリファイナル優勝)のコーチも続けました。ゴゴレフさんは、メインコーチであるラファエル・アルトゥニアンさんとともにカリフォルニアに戻っていました。
2019年9月、全日本選手権で4回優勝している宮原知子選手のコーチをすることが発表されました。
また、2020年1月から、2019年世界選手権銅メダリストのヴィセント・ジョウ選手のコーチを務めています。
また、2020年6月から、バーケルさんは2019年全米女王、2020年世界ジュニア選手権 銅メダルのアリサ・リウ選手のコーチングチームに参加しています。
宮原知子が2019年にコーチを変えた理由は?
宮原知子選手は、2019年にリー・バーケルコーチをメインコーチの1人に加え、拠点を大阪の関西大学カイザーズクラブからカナダ、トロントのグラナイトクラブに移しました。
その理由は、「自律を目指すため」だったということです。
2018年に行われた平昌オリンピックで4位に入った後、もどかしいことが続いたという宮原選手。
2018年のグランプリファイナルではジャンプの失敗が多く、最下位に沈みます。5連覇のかかった全日本選手権では銅メダル、世界選手権でも6位という結果でした。
宮原選手は、2018年は気持ちの面で悩みが多かったシーズンだったと語っています。
「うまくいかなかった原因は、精神面にあった」。
濱田コーチとは、宮原選手が7歳の時から師弟関係にあります。
ずっと濱田コーチの指導のもと、宮原選手は練習や試合に臨んでいましたが、この2018シーズン中は、あるチャレンジをしていたそうです。
それは、選手とコーチ間の距離感を見直すことでした。
濱田コーチは試合についていっても、意識して宮原選手と距離をとり、以前だったら話しかけた場面でも話しかけず、宮原選手自身が考えるようにしたそうです。
宮原選手は、1人で不安をコントロールするのは難しかったと語っています。
調子やメンタルを律することができず、不安を感じながら試合に出場していたそうです。
気持ちの面でコーチに頼っていると気づいたという宮原選手。
目指すのは「自律」だといいます。
そのため、濱田コーチと少し離れるように、新しいコーチ、新しい環境について検討したようです。
宮原知子、カナダの練習拠点はどこ?
宮原選手は、カナダ・トロントのグラナイトクラブを拠点に、リー・バーケルコーチに師事しています。
バーケルコーチは濱田美栄コーチとともに、メインコーチを務めています。
練習拠点をカナダのトロントに移したのは、2019年の秋ですが、文化の違いに驚いたことがあるといいます。
一番驚いたのは、練習内容を基本的に全部自分で考えて決める、という点だそう。
日本にいるときは練習内容や、試合に向けての計画など、すべてコーチから指示を受けたとおりにこなす日々だったといいます。
しかしカナダでは毎日の練習内容や、試合前の休みについても、自分で検討し、決定する必要がありました。
自分の意向を聞かれても、それまではコーチの指示に従っていたので、最初はかなり困惑したとのこと。
しかし、自分で考えるようになって、良い面が多かったと思うと語っています。
また、良かったこととして、練習と休みのオン、オフの切り替えがうまくなったことを挙げています。
理由としては、現地の人たちがしっかりオンとオフを切り替えているのを見ていること、また単身で生活しているため、家事などを自分でこなさないといけないことも大きいと語っています。
練習後にも夜ご飯のメニューや、洗濯のことなど、考えることがたくさんあり、どうしても意識をスケートから逸らす機会が増えているそう。
宮原選手は、これをいい変化だと感じているそうです。
以前はずっとスケートのことを考えて、上手く休めていなかったと語る宮原選手。
家事をやらなければいけないことが、意外といいリフレッシュになっているようですね!
https://ameblo.jp/satoko-miyahara/image-12601141596-14767664046.html
上の写真は、カナダの湖での一枚だそうです。
自然が美しいですね!
私の友人もカナダに留学して、「満員電車もないし自然はきれいだし、ずっとカナダにいたい」と言っていました(笑)
カナダでの生活は、宮原選手にいい影響を与えていそうですね!
宮原知子は努力家として知られる
宮原選手が努力家だというのは有名な話ですよね!
濱田美栄コーチからも、今まで指導した選手の中で一番努力家であると言われているそうです。
体力があり、病気とけがにも強い選手であると評していました。
真面目にたくさん練習し、黙々といつまでも練習し続けるタイプだという宮原選手。
学校が終わると毎日まっすぐにリンクに向かい練習していたそうです。
2017年1月には、左股関節疲労骨折という大きな怪我を経験。
リハビリを強いられました。
それからもケガと体調不良が続きます。
平昌オリンピック前の2017年10月には、濱田コーチから、5年後にある2022年の北京オリンピックを目指すよう励まされます。
しかし、逆境をはねのけ、2017年12月の全日本選手権で4連覇を達成した宮原選手。
平昌オリンピック日本代表の座を手にします。
スケーティングしかできない状態であっても粘り強く練習を続けた姿に、濱田コーチも感銘を受けたようです。
スケーティングしか出来ない状況でも、諦めず練習を積むって、すごいですよね。
努力で掴み取った代表とオリンピック4位だったんだなと感じました。
2017年のケガから全日本選手権優勝までのリハビリの様子など、くわしいことはこちらの記事をどうぞ。
でも…個人的にはオリンピックは、もっと上の順位でもよかったんじゃない?!と思ってしまうことがあります。
素晴らしい演技でしたよね!
採点競技だからと分かってはいても…すごく悔しい気持ちになってしまいます。
紀平梨花や宮原知子も指導したコーチ、 濱田美栄とは?
濱田美栄(はまだみえ)コーチは、1959年10月29日生まれの62歳です。
濱田コーチ自身は1968年ごろ、小学校3年生の時にフィギュアスケートを始めました。
全日本フィギュアスケート選手権10位が最高成績です。
同志社大学を卒業した1981年のころ、現役を引退してコーチへと転身しました。
京都のスケートクラブや、関西大学アイスアリーナでコーチを務めています。
教え子には宮原知子選手のほか、
太田由希奈さん
澤田亜紀さん
村元小月さん
村元哉中さん
本田真凜さん
白岩優奈さん
紀平梨花さん
などがいます。そうそうたるメンバーですね
濱田コーチの指導は、厳しいことで有名です。
2018年3月4日に放送されたテレビ番組「情熱大陸」で、濱田美栄コーチの特集がありました。
番組内では、リンクで濱田コーチが選手を関西弁で厳しく指導する様子もありました。
「濱田コーチが怖い人?」との質問に、子どもたちが一斉に手を挙げるシーンもあり、可愛かったです(笑)
濱田コーチが重視しているジャンプは、ループだそう。
ループでは右足で踏み切って、また同じ右足で着氷するため、ループにしっかり取り組むと真っ直ぐな軸を習得できるそうです。
基本を徹底させる指導法が、うまくいっているんですね!
本田真凜選手に帯同し、カナダの一流振付師の元を訪れた際には、プログラムを作り上げていく様子にも密着していました。
濱田コーチと本田選手は、コンドミニアムで共同生活をしていました。
濱田コーチが料理を作ってあげる場面も。
遠征先では選手と同じ部屋で過ごす事も多い濱田コーチ。
スケートの指導のほかにも、料理や洗濯、さらに航空券や宿泊先の手配までが濱田コーチの役割とのこと。
遠征先では、選手の親御さんのような役割も果たしているんですね。
かなり近い立場で、教えられているようです!
生徒さんへの厳しさも、責任ある立場や、愛情ゆえなのかなと感じます。
宮原知子の全日本女子、 ワールドの成績まとめ
宮原知子、全日本選手権の成績まとめ
シーズン 順位
2011-12 6位
2012-13 3位
2013-14 4位
2014-15 1位
2015-16 1位
2016-17 1位
2017-18 1位
2018-19 3位
2019-20 4位
2020-21 3位
浅田真央選手と並ぶ、4連覇が目を引きます!
宮原知子、世界選手権の成績まとめ
シーズン 順位
2014-15 2位
2015-16 5位
2016-17 棄権
2017-18 3位
2018-19 6位
2019-20 中止
2020-21 19位
カナダへ拠点を移したのは2019年の秋です。
近年の大会成績は厳しい結果となっていますが、年齢を重ねるにつれ、体型変化などもあって、特に女子選手は難しさが増しますよね。
宮原選手は2021年のワールド後にブログを更新しています。
自分の順位は厳しいものだったけれど、コロナ禍の中、大会が開催されたことが嬉しく、感謝しているとコメントしていました。
謙虚で感謝をしていて、素敵な人柄だなと感じました。
今シーズン開かれる北京オリンピックへの出場をめざして練習に励んでいる宮原選手のご活躍、楽しみにしています!